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瀬戸音信

                                           郷土の製塩
                                    人・物・情報の交差する島々の物語
                                        上五島の歴史と文化・風土
                  (原典:『創立10周年記念誌 上五島の歴史と風土』より)






藻塩造りの図





塩釜神社と製塩地分布図




【平成十五年七月十二日】

 

                 郷土の製塩

                                                          宮田 坦

 

T 上五島の塩づくりの歴史

1.「近島(五島)、御膳恒貢地となる」―風土記、崇神天皇の頃

 〇 塩蔵物の献上をしていたのでは・・・。

2.青方文書(中世期)の譲状、相論に「塩屋」、「百姓釜」等の言葉

 →「藻塩焼き」等による製塩。

3.白魚氏の製塩

 (1)建長八年(一二五六)八月廿一日、青方家高は第二子、弘高に白魚の地を与え、白魚、佐尾を知行させる。

 弘高は白魚姓を名乗る。白魚の海岸に塩田を設け、塩を焼き、青方氏に貢ぐ。白魚氏水軍と製塩によって宗家(青方氏)を凌ぐほどに繁栄―「白魚千軒」の隆盛。

水軍―宗家を凌駕する勢い。宗家への貢ぎ滞りがち―両家の不仲

 (2)正平十三年(一三五八)―塩竃の件―両家が紛争

 (3)青方家の重臣、吉村半右衛門(宿ノ浦の代官)

   →同年大晦日に白魚盛高の白魚の館を急襲―白魚勢、全滅。

4.松浦氏と青方氏の「和解契諾状」

 〇一円領、二方領、三方領内において製塩された塩

 →それぞれの領主に「年貢として納めた」との記録あり

 →上五島の多くの集落で製塩が行われていた。

5.建久四年(一一九三)宇久領主三代目扇の次男、源剛が有川一帯を領した頃、既に「塩窯が有川にあった」との記録あり。

6.ルイス・フロイスの「日本史」 永禄九年(一五六六)

 〇「五島は魚と塩だけが豊富で、肥前、肥後の両国は塩や魚油や魚の干物や塩漬けの供給をそこから仰いでいる・・・」

7.イエズス会士の「日本通信」 永禄十一年(一五六八)

 〇「この島は甚だ不毛にして、塩と魚類の外は何も産しない。(中略)。彼等は塩をもって諸物を貯えている。・ ・・」

8.五島藩→百姓を地方百姓(農業だけ)、浜方百姓(漁業)、窯方百姓(製塩、製炭、薪づくり等)に三分。

 製塩業は領民の職業の最も大切なもの。

 〇浦部島(中通島、若松島、日島を含む)では、河海等の非農業的得分が経済的基盤―浦部島の御家人の経済は海に依存。

9.五島の地形は多種多様―地形に応じた製塩法

 〇藻塩焼き・揚浜式・入り浜式等、適宜に採用。

 〇椛島(狭溢な地形)―塩窯に海水を入れて煮つめる最古の製塩法

 →多量の薪が必要。一窯に十五軒の組員で構成。

 〇背後に山林のある沿岸に釜を作る―三年ごとに居を移す―十五年毎に元の海岸に戻って来る。

10.塩焼き→アワビの殻を粉末にし、土にまぜて周囲を厚く塗った竃(土井、土居)で海水を煮つめるだけ→多量の薪、非能率的。

 〇中世以前からあった。戦後も一時期行われた。

 〇海水百グラムをそのまま煮つめる―塩三・五グラムとれる。純粋塩は約二・七グラム

11.瀬戸内海沿岸(製塩業)→薪を伐り尽くす―禿山が多い―五島へ矛先が向く(船で運搬が容易)

 〇五島の原生林―換金物として重宝

 〇久賀島の薪は良質。「久賀薪」―明治初めには島の大半が禿山となる。

 〇塩田の費用の半分以上は燃料代。

 〇福江の「明石屋」―明石(塩の本場)から渡来

 →福江市六方で製塩業→最新製塩技術を導入、伝播

 

U上五島の製塩地

1.上五島地区

(1)網上(竃方)―網上・高崎・大水・他に各々一釜。冷水に半釜あり。併せて四釜半という。

(2)青方―赤崎

(3)船崎(竃方)―船崎・色摩・樽見・小高崎に各一釜あり―四釜

(4)今里―今里・崎の土居・南風崎・小浜・真手浦に塩釜あり。

(5)三日浦(竃方)

(6)続浜ノ浦

(7)道土井(竃方) 三竃(三ツ土井)あり

(8)飯ノ瀬戸(竃方)

(9)一土井米納二〇石高に換算

◎塩竃に関する地名

 〇船崎―「竃の上」・「四竃」 〇青方―「塩竃」 〇相河―「先竃」 〇三日浦―「釜山(竃山)」・「鍋山」・「塩竃」

◎備前、備後等中国地方人来りて製塩の業を起こしたものの如し。

2.新魚目地区

(1)立串(竃方)

 〇慶長十八年(一六一三)、柴田勝厚(勝家の孫)、藤の首(立串)に移住し、製温、漁業を営む。

(2)津和崎

3.若松地区

(1)神ノ浦・荒川・宿ノ浦(竃方)・白魚

4.有川地区

(1)鯛ノ浦湾六ヶ所の塩焼釜あり

(2)神ノ浦・太田―釜百姓が居住

 

V上五島の塩釜神社

1.総本山―塩釜市の「塩釜神社」。末社は全国に百十三又は二百社あり。〇祭神「塩土老翁(しおつちのおじ)」〇千年前に建てられた→日本での製塩の元祖(藻塩焼き)

2.若松地区―「塩釜神社」

(1)神ノ浦郷 〇祭神―猿田彦命 〇享保元年(一七一六)勧請

(2)榊ノ浦 〇祭神(不明)

3.有川地区―「塩釜(竃)明神社」

(1)鯛ノ浦郷 〇祭神―塩釜老翁大人神

4.上五島地区―「塩釜神社」

(1)船崎郷 〇祭神―塩釜老翁大人・素戔男大神

(2)網上郷「客人(まろうど)神社」〇祭神―塩釜明神・大山祇大神 〇寛政(一七八九〜一八〇一)以前に創立

5.新魚目地区―「塩釜神社」

(1)立串郷小瀬良 〇祭神―塩土翁神 〇天明七年(一七八七)創始

 

W専売制の歴史

1.塩の専売制―自由に製塩、販売が禁じられる。

 →竃百姓達、一挙に失業―五島の経済危機

2.明治三十八年(一九〇五)、塩の専売制(大蔵省管轄)

 →日露戦争(一九〇四〜〇五)のための軍費の確保―大正八年(一九一九)、公益専売―昭和二十四年六月、日本専売公社 〇たばこ・塩の専売―大蔵省

3.昭和六〇年四月民営化、「日本たばこ産業株式会社」となる。

 

Xイオン交換膜透析法製塩(以下「化学塩」 と言う)

1.食用塩の自給率の確保・コストダウンによる大量生産―社会的、経済的要求

2.昭和四十六年四月、「塩業近代化臨時措置法」成立―高純度の塩を画一的に製造販売

 〇全国二十四ヶ所の塩田全てをつぶし、化学工業製塩に。

 〇塩化ナトリウム(九十九%以上)だけが重要視。

3.化学製塩とは

 〇海水槽の海水に直流電気を流して、ナトリウムイオンと塩素イオンを分離して集め、海水を濃縮し、製塩する。

4.化学製塩工場―全国に七ヶ所

 〇長崎県崎戸町(崎戸塩業)〇岡山県倉敷市(ナイカイ塩業)

 〇岡山県邑久町(錦海塩業)〇兵庫県赤穂市(赤穂海水工業)

 〇香川県坂出市(讃岐塩業)〇徳島県鳴門市(鳴門塩業)

 〇福島県いわき市(新日本化学工業)

5.化学製塩法の利点

(1)にがり分が殆ど混じらない高純度の塩化ナトリウムが得られる。

(2)広大な塩田不要。天候や季節に影響されない。→計画的に大量生産が可能。

(3)塩が湿らずサラサラ、袋詰めの計量・パックのスピードアップ→生産効率を上げ、コストダウン。

(4)汚染されたような海水からも採塩出来る。

(5)高純度塩は工業用には最適。

(6)食塩の主成分はナトリウム、その純度が高い程良い塩だ。(日本たばこ産業の説明)

 

Y本物の自然塩を使う意味

1.「自然塩運動」

(1)昭和四十六年四月、「塩業近代化臨時措置法」成立。

 →高純度の塩が画一的に製造販売。

(2)工業化優先、効率主義優先政策の「イオン化学塩では日本民族が危ない」→危機感・警鐘。

(3)塩田塩の存続運動―五万人の署名

 →関係官庁、各政党に陳情、請願。

 →昭和四十八年六月「伯方の塩」(愛媛県伯方町)、自主流通の製造委託―どこでも売り買いできる塩として誕生。

2.本物の塩―自然塩

(1)人間には適度のにがり分のある自然塩が合っている。

 〇人体―海水に近い成分の血液が流れている海水から生物誕生―人間に進化。

 〇自然のミネラルパランスを保った塩分―人体に不可欠

(2)適度のにがり分を含む塩―トゲトゲしい、しょっぱさ無し、うま味、まろやかな味。

(3)食品メーカー(漬物・梅干し等)料理屋等―自然塩使用が増加

(4)大相撲の塩―昭和六十二年夏場所以来、「伯方の塩」使用。

 〇土俵を清める、固める→塩の殺菌、消毒の効果―化膿せず、治りも早い、実益。〇適度の湿気→盛り塩がしやすい。

 〇大相僕で使われる塩の量→一場所で約八〇〇キログラム。

 

Z化学塩と自然塩のちがい

―「アサリの砂出し」塩の品質鑑定実験

1.自然塩の塩水と、化学塩の塩水の二種類を使い、アサリの砂出しの様子を比較。

2.自然塩の塩水を入れたアサリ→三〜五分で潮を吹き上げる。一メートルも飛ばす。あたりは水びたし、元気。

3.化学塩の方→二十分以上経っても、ほんの少ししか潮を吹かなかった。→自然塩運動が大きく前進。

 

[にがりの効用

1.現代の難病(花粉症・アトピー性皮膚炎・糖尿病・心臓病・ガン等)―自然に背いた食生活→にがり成分が有効。

2.毎日少量摂取―健康の維持、病気になりにくい体質(体内の不具合修正、生理活性)→病気を治す、修復作用。

3.若者の無気力・無感動・短気・攻撃的・根気力欠如→にがり成分で改善→ 感情、理性等精神状態に強い影響力。

4.人畜無害、副作用なし、廉価、入手容易。

 

\上五島の自然塩づくりの現況

1.自然塩復活のため製塩法を研究開発し自然塩の自給を高める。

2.十数業者が小規模経営で、通年、製塩し、販売。

3.製塩技術を高めるため、「五島塩の会」会員が毎月一回会合し、研修している。各業者間で、塩の特色はある。

4.鹹水(かんすい)(濃い塩水)を取り出すために

 〇タワー方式等の設備―自然風で乾燥―鹹水を循環。

 〇目標―塩分濃度十七・五〜三〇% 〇自然海水塩分濃度―三・五%。

5.燃料― 〇食用廃油 〇家屋等の廃材。

6.余分な苦汁成分の除去と苦汁の利用

 〇目標―塩化ナトリウム八〇%の塩づくり―苦汁成分二〇%

  →ミネラル豊富、あま味。

 〇苦汁―豆腐づくり・入浴剤(アトピー性皮膚炎予防、肌荒れ防止)

7.自主流通販売

 〇食品製造業(製パン・漬物・塩辛・味噌・ハム・ベーコン等)。〇ホテル・民宿・料理屋 〇スーパー等へ卸売り―家庭での調理等。

8. 今後の取り組み

 〇燃料を使わず、自然風だけによる製塩―鹹水をビニールハウス等で乾燥―自然エネルギー利用のみの製塩。

 〇業者から鹹水を求め、それで自家製塩をする。

 

] おわりに

 〇全国で消費される食用塩の量

  →一年間一五〇万トン(工業塩は六〇〇万トン以上)。

  →自然塩のシェアー一%。

 〇近代製塩技術―苦汁分をできるだけ抜く―白い塩造り―世界的傾向。

 〇塩化ナトリウム九九・三五%の高純度の白い塩(化学塩)―国民の健康によいわけがない。

 〇ミネラルの殆どない化学塩の使用―罹病しやすい―医療費の膨大な増加に。

 〇人が究極に求めるもの―命・健康―食への健康志向

健康の要は食―本物の健康の確保―自然、天然のまま、何一つ欠けることのない塩を選ぶ。

 〇民族の塩を守り育てる―自然塩の普及推進。

 〇本物の塩に確かな目を―日々の塩を見直す―「されど塩」   (文責 宮田 坦)